ほのサスを読む

ニコニコ動画に投稿している「バニラマリンほのぼのサスペンスシリーズ」の解説などをします。

いぶますを読む 第3回

みなさんこんばんは。「いぶますを読む」第三回です。

第一 序
冬馬編12話は,後半の須藤先生のお話が長すぎて,視聴者の皆さんには不評かなと思っていたんですが,意外と評判が良くて驚いています。「神回」タグまで付けられてたり(笑)。

第二 須藤証言の考察
1.証言の概要
では早速ですが,色々と物議を醸している須藤証言について。
箇条書きにするとだいたいこんな感じ。

(イ)遺伝子操作によって生まれた「ブリンガー」という特殊な遺伝子の持ち主がいる。
(ロ)「ブリンガー」の臓器は誰に移植しても拒絶反応が生じない。つまり誰にでも移植できる。
(ハ)先天的な「ブリンガー」はおそらく存在しない。遺伝子操作の結果生じるものである。ただし「ブリンガー」自身の産んだ子は,先天的に「ブリンガー」たりうる。
(二)XTORTはナノテクとクローン技術を用いて「ブリンガーの遺伝子」を組み込んだ臓器を作る研究。そうして作り出された臓器は,誰にでも移植が可能となる。
(ホ)榊原素子(里美・巴の姉,トアの母,シャサ=ノバルティスの妻)は遺伝子操作の結果,DNAが「覚醒」した最初の「ブリンガー」である。
(ヘ)昭和57年,虚血性心疾患と肝細胞ガンを併発し,死の淵を彷徨っていた葉室銀に,素子の臓器(心臓,肝臓,腎臓)を移植する手術が行われた。その結果葉室は生還し,素子は死亡した。
(ト)上記移植手術を執刀したのは仁科秀人。素子の臓器を葉室に移植するよう仁科に勧めたのは里美と雪乃。素子の死体を始末したのは(おそらく)源三郎。
(チ)源三郎はシャサの友人。上記移植手術の以前から仁科研究室に出入りしていた。仁科にも気に入られていた様子。

列挙してみると確かに衝撃的な内容ではありますが,これらの事実の一部は加蓮編10話において既に語られていました。

2.警察も公安庁も知っていた
CIAから内調を経由して警察庁に渡り,森久保が杏に密かに見せた「資料」の中に,榊原素子の臓器を葉室に移植する手術が行われたという記載があったようです。杏はそれを「女医をぶっ殺して臓器を奪ってそれを自分(葉室)に移植させた(加蓮編10話04:09)」と表現しています。
また,杏は,トアの身辺を厳重に警戒するよう森久保に指示しました。理由は「10年前の葉室と同様に,重病で死の淵を彷徨っているシェリダス=フィルブライトに移植手術を施すため,トアの臓器も狙われるかもしれない」から。須藤先生の話によれば,素子の産んだ子であるトアは,先天的なブリンガーである筈ですから,その臓器は誰にでも移植可能ということになります。
さらに「手術に関わった医者どもを全員検挙すれば葉室は終わりだ」とも述べています。それに対し森久保が「(犯罪として立件するには)証拠が足りなさすぎです」と反論しているものの,「資料」には,仁科,健,里美,雪乃,シャサ,須藤が「犯行」に加担したという旨の記載もあったのでしょう。

同じ「資料」を持っているバラモス陣営も,だいたい同様の理解をしています。水本検事いわく「もちろん仁科一人の手による犯罪ではありません。XTORTの産みの親ともいえる天ヶ瀬とノバルティス,そして相原,榊原里美,須藤……全員が同罪といえます。未完成の技術の一部とはいえ,それを試す機会を得たことで,彼らはまさに恍惚の心境であったに違いありません。そしてそこに人命を尊ぶ感情は一片たりとも存在しなかったでしょう。エゴイズムを極限まで肥大させた科学者たちの,まさに狂宴です(冬馬編11話後編06:45~)」

つまり,公安警察の上層部および公安庁の上層部は,当該移植手術が行われたことについて,はじめから知っていたわけですね。そして公安警察は警視庁公安部に,公安庁は関東局にその裏を取らせる作業をさせていますが,末端にいる加蓮やかな子には,ほとんど何も事情を明かしていません。すべてオープンにした上で証拠収集に当たらせる方が効率的ではないかとも思えますが,こうしたややこしい秘密主義が公安の公安たるゆえんです。末端の作業員には断片的な情報しか与えず,幹部だけが全体像を把握できるようにすることで秘密の漏洩を防ぐ。まあ,オホマスでは刑事部の凛がこれをやっていましたが。
とすると,あらかじめ与えられた情報が多くないにもかかわらず,個人的な人脈や情報網を駆使して全体像に迫りつつあるかな子は凄いですね。間抜けな印象を抱いている方もいらっしゃるかもしれませんが,彼女はなかなかのスーパーウーマンです。

3.証言の信憑性
ところで,あえて言うまでもないかもしれませんが,須藤先生の証言がすべて真実とは限りません。伝聞による部分が多いですし,そもそも彼は里美と雪乃が嫌いなんでしょう。彼は里美と雪乃よりも年下なんですが,年功序列とかではなく,出身大学を理由に冷遇されているという思いが強かったようです。須藤先生は都立医大の卒業生。都立医大では東大か慶応出身のドクターじゃなきゃ偉くなれないというのは,高畠医師も語っていたところです(加蓮編7話前編20:32)。須藤先生のこうした感情は,彼自身の証言の客観的な信用性を減殺するともいえます。

4.そもそもできるの?
「ブリンガー」を生み出すための遺伝子操作。そもそもそんなことできるのか,という疑問を持った方は大勢いらっしゃると思いますが,ぶっちゃけ,わかりません(笑)。
しかしここは完全に原作どおりなので,実際できるかどうかはともかく,理論的には可能なんでしょう(たぶん)。
その人自身の病気を治療するためとかではなく,他人へ移植するためのいわば「スーパー臓器」を作り出すために,ヒトを遺伝的に改良するって,倫理的にも相当問題あるような気がしますが,昭和57年以前という時代背景を考えるとアリ……なのか?
ちなみに私は高校時代に生物と化学を履修しましたが,大学は法学部に進みましたので,センター試験が終わった後,理系の知識は加速度的に失われました。よって,あまり細かいことを突っ込まれても答えられませんのでご了承ください。

第三 やよい
1.今回はやよい回
さて,動画の主コメで「今回はやよい回かも」と言いました。実際やよい回なんですが,彼女の冬馬に対する言動について「ここまで病的とは思わなかった」「人格障害の親が子供に向かって考えることと一緒でつらい」などのコメントも見られました。
まあ,やよいのやってることは端的にモラハラでしょう。じゃあ主コメにある「弟の成長を見守る,やさしく暖かなまなざし」ってのは何だったんだよと突っ込まれそうですが,別にそれは嘘ではなく,やよいは冬馬に深い愛情を向けていますし,冬馬もそれをある程度受容しています。モラハラってしばしばそういう関係性の下で発生しますよ。

2.警察へ駆け込んだやよい
やよいは今回,これまでに得た情報を全部持って警察へ駆け込みました。もしかして,わかりにくかったかもしれませんが,やよいは「BOOK of XTORT」を新田参事官に渡しただけではなく,ゲーセンでの銃撃戦のことも,冬馬が平松に襲撃されたことも,源三郎のスパイ疑惑やエルディアとの繋がりも,全部暴露しています。「こんな荒唐無稽な話を信じて下さったうえに……」「父は逮捕されますか」等の台詞からわかります。
情報暴露の動機は「冬馬が襲撃されたから」です。情報の提供と引き換えに自分と冬馬の安全保障を要求したわけですね。公安庁では頼りにならないと判断したんです。公安庁との関係なんかよりも,自分と冬馬の身の安全が大事なわけです。

3.反抗期グループ

やよいがなぜ刑事部の「反抗期グループ」を選んで情報提供を行ったのかというコメントがありましたが,それはただ新田参事官とコネがあったからというだけのことです。いくつかの選択肢の中からあえて選んだわけではありません。そもそもやよいは公安陣営VS反抗期グループの対立なんて知りませんから。
いずれにせよ,このことは加蓮編のストーリーに大きな影響を与えると思われます。なぜなら,やよいが反抗期グループに提供した情報には,公安陣営がまだ知らない内容も含まれているからです。それは何かというと,源三郎と冬馬,そして真のことです。
公安警察陣営の持つ「資料」にはおそらく,三人についての記載がありません。千早や森久保,百合子の会話の中に,三人の名前が出てきたことはありませんから。
作中で新田参事官が十津川警部を呼び出していました。おそらくゲーセン銃撃戦の一方当事者が源三郎であること,そして冬馬がバス停で平松に襲撃されたことの裏を取らせるためでしょう。それを受けて杏がどう動くかはお楽しみに。

4.日本国憲法第24条
話をやよいに戻しますが,彼女の冬馬に対する態度が「異常」「病的」かどうかは,わりと意見が分かれるところでしょう。

やよいと冬馬の関係は姉と弟ですが,かりにやよいが父,冬馬が娘の関係だとすれば,父から娘へああいう言動がなされることは,そのこと自体の是非はさておき,珍しくはないんじゃないでしょうか(とりわけ作中当時であれば)。

「一人暮らしなんて許さん」

「お前の結婚相手は俺が決める」

「お前は俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだ!」など。

それは過度なパターナリズム(家父長的温情主義)とも言えますが,そのような形の家族秩序・家族規範を社会全体としてむしろ尊重し,推進していくために,憲法24条を変えるべきだという主張が存在します。たとえば24条1項は「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し……」という出だしで始まりますが,ここでもう憤る人がいるわけです。つまり,結婚は当人たちだけの問題ではなく,家同士の結びつきであるから,家族(とりわけ父親)の同意が必要だ。子供が好き勝手に選んだ配偶者やその親兄弟が,礼儀や道徳をわきまえなかったり,あるいは外国人だったりすれば,そのような人間が入り込むことで家族が壊される。ひいては家族を基礎単位とする日本社会全体が崩壊する……と,このような理屈ですが,本作の視聴者さんの中にも「そうだ,そうだ」と頷く方はいらっしゃるのではないでしょうか。
なぜいきなりこんな話を始めたかといいますと,「葉室は憲法をどう変えたいんですか?」という水本検事の質問に,京玉男さんが「24条が一番嫌いなのではないかと窺わせるふしもあ」ると答えていたじゃないですか(冬馬編12話10:37)。24条は家族生活における個人の尊厳と両性の平等を規律した条文です。つまり葉室は24条が嫌いというのが本当であれば,それは「個人主義を基調とする家族観」を嫌っているせいなのかもしれませんということです。

第四 残された謎
今回で一気に物語の核心が明かされたのでは?というコメントがありましたが,案外そうでもありません。
確かに榊原素子の「失踪」の経緯は明らかになったとはいえ,そのことと石塚/邦彦殺しがどう結びつくのか(あるいは結びつかないか)は,全く明らかじゃありませんから。

あと,真のこと。

加蓮編8話01:03

フレデリカは,シェリダス=フィルブライトへ移植するために,トアだけでなく,真の臓器が狙われる可能性にも言及してるんですよ。なら,真も「ブリンガー」なのか。
この点,杏はトアの身辺を警戒するよう指示したのみで,真については何も触れていません。真は別に殺されてもいいってこと?
……もちろんそんな筈はないでしょう。杏はただ真の存在を知らないだけです。上述のとおり,くだんの「資料」に記載がないためです。

しかし……,

加蓮編4話23:51

これはだいぶ以前のすもも長官と「???」さんの会話ですが,「生きながらえるために二人の子供を犠牲に」するかもしれないのは,おそらくシェリダス=フィルブライトでしょう。まあ,移植手術を受けなきゃ死ぬというんですから,そのためにトアなり真なりを殺しても「緊急避難」と言えないこともないかもしれません(もちろん,刑法上の緊急避難が成立して無罪ということは到底考えられませんが)。
「???」さんが警察関係者なのかはわかりませんが,すもも長官は真のことも認識済なわけです。

それと……,

加蓮編7話後編14:29

加蓮編8話28:23

この包帯ぐるぐる巻きは誰?って話。
……と,まあこれについてはお詫びも込めて言わせていただきますと,作中でまだ言及されたことのない人物です。したがって,この人の正体を推理することは現時点でおそらく不可能です。

ちなみに……,

加蓮編7話後編11:51

この人については,作中で既に存在が言及されています。
したがって,正体を推理することは可能です。

あとはまあ……,

毎回出てくるこれはそもそも何なのよって話ですが,多分ほとんどの方はもうわかってると思いますので,あえて何も言いません。
物語最大の核心です。


以上