ほのサスを読む

ニコニコ動画に投稿している「バニラマリンほのぼのサスペンスシリーズ」の解説などをします。

いぶますを読む 第4回

みなさんこんばんは。

さて,冬馬編は5日目が終了し,残すところあと2日。だいたいもうオチが見えてきたという方もいらっしゃるでしょう。

13話のラストシーンは,これから先のストーリーが悲劇的な展開に突入することを予期させたかもしれませんが,おそらく,冬馬編は大丈夫。加蓮編ほど絶望的な展開にはならない筈です(加蓮編は結構やばい)。


それでは,前後編でいつもより若干長かった冬馬編13話を振り返ってみましょう。
例によって,
冬馬編13話,加蓮編10話までのネタバレが満載ですのでご注意下さい。


















第一 広がってゆくXTORT
1.素子が産んだ「もう一人の子」
開幕1分で真がトランス状態になり,不穏なことを口走りました。

冬馬編13話前編1:25

榊原素子が臓器を奪われた経緯は,(真偽はともかく)冬馬編12話で須藤先生が説明済。したがって,ここでの問題は素子が「自分を強姦した男の子供を産んだ」ということですね。これは重要ですよ。だって,素子の産んだ子ということは「ブリンガー」である可能性がありますから。
忘れてしまった人のために再度説明しますと,「ブリンガー」とは「遺伝子操作の結果,誰に移植しても拒絶反応が起こらない臓器を持つに至った人」のことです。榊原素子は冬馬の父・健が行った遺伝子操作により後天的に「ブリンガー」となりました。そして「ブリンガー」が産んだ子は,親と同じ「ブリンガー」になる可能性があると,冬馬編12話で須藤先生が述べています。

(この点,「獲得形質が遺伝するのかよ」というツッコミがありましたが,「獲得形質」とは,生まれた後の経験や努力あるいは環境の変化で得られた性質であり,遺伝子配列自体の変更ではないところ,素子は「遺伝子操作」すなわち遺伝子配列を変更させられたことにより「ブリンガー」になったと考えられますので,それならば遺伝により素子の子が「ブリンガー」になってもおかしくはない……と,いうことになるんだと思います)。

 

しかしながら「ブリンガー」なんて,そんな現実離れした話ありえねぇよという見解も存在するようです。

加蓮編7話後編11:53

このおばあちゃんは「ブリンガー」の実在のみならず,XTORTという技術自体を信じていないようです。とはいえ,素子から葉室へ臓器移植が行われたこと自体は認めているらしく,「もう何もかも世間に公表してしまうことはできないんですか? それが葉室にとって一番困ることだと思うのですが」と述べています。

葉室のこと,嫌いなんですね。
ちなみに,このおばあちゃんのお部屋のグラ,別のシーンで使いまわされたりしてますけど,そこは深読みしなくて結構です(笑)。

なお,「ブリンガー」の臓器を他人に移植しても拒絶反応が起こらないメカニズムは,次々回あたりの加蓮編で詳しく語られます。とはいっても原作ZEROにおける描写をそのままなぞるだけですけどね。

2.包帯ぐるぐる巻きちゃん
ミイラというか綾波というか,まあ,かわいらしい顔はしてますね。

冬馬編13話前編1:33

なぜ彼女が,素子について言及されたシーンで出てきたのかはさておき,三度目の登場ですね。一度目はこちら。

加蓮編7話後編14:29

二度目はこれ。

加蓮編8話28:23

彼女が作中時点で生きているのか死んでいるのかはわかりません。しかし,いずれにしても,遺伝研の地下に「居る」もしくは「ある」ようです。

3.真の「トランス状態」
ハイライト,沈黙中。

冬馬編13話前編1:39

真がこうなったのは二度目で,一度目はこちら。

冬馬編3話17:24

↑これは巴と平松の回想シーンなんですけどね。
真は5月28日の昼間,今回と同じようなトランス状態でいきなり村上会総本部に現れ,「自分が石塚殺しの犯人である」というようなことを口走ったようです。

真の「自分が犯人である」という「告白」は邦彦殺しのときにも見られました。

冬馬編8話19:49

もっとも,殺された石塚/邦彦はいずれも死体から内臓が摘出されていて,それは専門的技能の持ち主,たとえば医師でもない限り不可能だとされているんですよね。法医学者(高畠)の意見に基づいて警察が下した判断ですから間違いないでしょう。
だから真にできる筈はないんです。とすると,かりに真が二人を殺した犯人であるとするなら,臓器を摘出したのは別の人物ということになるんでしょうか……。

そして……,

冬馬編13話後編20:53

わかりにくく感じた方もいらっしゃるかもしれませんが,撃ったのは真です。石塚/邦彦殺しについてはまだ疑惑の域にとどまるものの,これについては真が犯人です。
「この銃は……!」みたいなコメントありましたが,ご安心下さい。冬馬が源三郎から渡されたグロック銃ではありません。あのグロックはたぶん,やよいが警察に持っていったんじゃないかな。

ちなみに,殺されたのはこの人ね。


冬馬編4話20:58

村上会の組員です。ボイスが付いてますけど,特に重要人物というわけではありません。
彼だけでなく,石塚にしろ邦彦にしろ,XTORTとの直接的な関連はいまだ見つかっていませんから,とばっちりで殺されただけのような感じもします。動機がまったく不明です。

ただ,組員を撃った直後の真は目のハイライトが消えていますし,やはりトランス状態だったんでしょう。石塚/邦彦殺しの犯人が真であるとしても,犯行時においては今回と同様のトランス状態だった可能性が高いです。かりに薬物を投与されたとかで正気を失って犯行に及んだのだとしたら,心神喪失による責任不存在で犯罪不成立とも考えられますか。


第二 スーパーレディ・かな子
1.かな子のひらめき

冬馬編13話前編10:53

 

冬馬編4話25:22

5月29日に豊洲で村田と一緒にいた少女がトアであったと唐突に気付いたかな子。それに対し「今さらかよ」的なコメントが多かったのですが,今まで気付かなかったこと自体は仕方がないです。だってかな子が須藤先生から『榊原素子が「ブリンガー」であり,その娘のトアも「ブリンガー」である可能性がある』ということを聞かされたのは,ほんの数時間前のことです。トアがXTORTの関係者として重要なのは「ブリンガーの産んだ子」だからであって,それがなければせいぜい,多数存在する「関係者の周辺人物」の一人に過ぎません。

かな子は「トアの写真を見たことがある(冬馬編13話前編7:17)」だけで,別に重要人物として認識していたわけではありません。真と似ているなと思った程度です。さらに誘拐事件についてもニュースでチラッと聞いただけで,詳細は知りませんでした(そもそも源三郎が起こした銃撃戦の影に隠れて,大々的には取り上げられていない)。

要するにかな子は,トアという少女についても,誘拐事件についても,それらが自身の調査しているXTORTに関連する事項だという認識を欠いていたわけです(もちろん,認識を欠いていたことについてかな子にミスはない)。であれば,他にやらなきゃならないことが山積していた中で,忘れていても当然でしょう。にもかかわらず,須藤先生から「ブリンガー」についての話を聞いた後,DMJの来訪という些細なきっかけですべてを思い出し,瞬間的に点と点を結び付けて「誘拐に遭ったのはトアだ!」と気付いたことはむしろ驚くべきことです。
かな子は作中で1,2を争うくらい頭脳明晰な人ですよ。

ちなみに,水本検事やむそう氏は「資料P」を読んでいますから,「ブリンガー」についても既知と思われますが,かな子はそんなことまで知らされていませんでした。

冬馬編12話11:46

そもそもかな子は,須藤先生に会う直前まで「ブリンガー」という言葉はもとより,XTORTについても「拒絶反応を起こさせず臓器移植ができる何か」という認識しかなく,葉室に移植された臓器が榊原素子のものであったなんて夢にも思っていません。それどころか,素子が仁科を補佐して移植手術の執刀に当たったものと考えていました(冬馬編12話13:23)。
調査にあたって断片的な情報しか与えられていないのは,加蓮編における林班のゆかいな仲間たちと同様です。まあ,公安庁も「公安」ですから。

いずれにせよ,すでに加蓮編で明らかになっているとおり,トア誘拐はXTORTとは無関係の偶発的事件です。千早や豊洲署の浅井署長がこれを利用して悪だくみをしている件は,冬馬編においては当面さしたる意味を持たないでしょう。

2.かな×とう
ここにきて全登場人物中かな子が一番好きというコメントが増えてきたような気がします。
冬馬編12話のOPで「ほのぼの青春ラブコメディ」などと書いたせいなのか,冬馬と誰かのカップリングを考える視聴者さんも出てきました。
その中でちょっと印象に残ったのがこれ。
「かな子はもうちょい我を抑えて落ち着いたら冬馬の相手筆頭になるのに・・・落ち着こうね!」

いや,落ち着けと簡単に言いますけどね。
落ち着いたかな子ってこれですよ↓

冬馬編13話前編23:19

これが常態だったら,ますます冬馬の好みからは外れそうな……。
ていうかそもそも,冬馬がかな子のこと好きになったとしても,かな子の方がそれに応じるとは限らない。
かな子はノンキャリアの調査官ですけど,大学は早稲田ですし,おそらく20代で主任になっています。なかなかの才媛といえるでしょう。公安調査庁という役所は,検事が圧倒的に強い一方,本庁採用キャリアとノンキャリアの垣根が低いとも言われ,ノンキャリアでも内部試験をパスすることでそこそこ偉くなれます(※1)
国家公認のインテリジェンス・オフィサーであり,実績も将来性も人並み以上と思われるかな子。そんな彼女にとって,冬馬は男としてだいぶ物足りないんじゃないかなあ……という気もしますね。年齢的にみても,かな子は冬馬より5~6歳年上ですから。

なお,原作EVE_ZEROには,かな子に相当する人物は登場しません(かな子の偽名として使われた氷室冴子,柴田茜は登場しますが,まったく役割が違う)。しかし,EVEシリーズ全体を通してだと氷室恭子ポジになっていく人だと考えられます。したがって,本作終了後,時系列上の続編であるEVEバーストエラーへ続くとしたら,もっとヒロインらしい役割を果たしていくかもしれません(冬馬,かな子ともに生きていればの話ですが)。

※1)昔の公安庁は相当深刻なレベルで「ダメ官庁」という烙印を押されていたようで,キャリアを採用しようと思っても,まともな人材が集まらなかったというんですね。要するに,優秀なノンキャリアを引っ張り上げて幹部ポストに充てないと,組織運営自体がままならないといったような……。真偽のほどは不明ですが,そういう「ダメ官庁エピソード」はよく耳にします。


第三 動き出した警視庁刑事部
刑事部が動き出したのはやよいの告発を受けてのことですが,詳しいことは次回以降の加蓮編で明らかになっていくでしょう。

なので,ここでは荒木比奈主任のこの台詞について。

冬馬編13話前編19:01

「デュー・プロセスの崩壊」がなぜ千早批判の文脈で出てくるのか,ググってもわからんというコメントがありました。私もググってみましたが,そうすると一番上に来るのがwikipediaの該当ページで,主に憲法上のデュー・プロセスについて解説されています。確かにこれだけ読んでも本作との関わりはわかりません。

憲法13条
「何人も法律の定める手続きによらなければその生命または自由を奪はれ,又はその他の刑罰を科せられない」

デュー・プロセスは「適正手続」と訳されます。憲法13条の要請するデュー・プロセスは,上記のとおり刑事手続の適正性に関する規定です。国家権力は,適切な手続を経ずして人を牢屋に入れたり処刑してはいけませんということです。

ただ,これは憲法学の専門用語としてはそうという話であって,実際のところ「デュープロセス」はもっと広い意味で使われます。難しく言うなら行政過程一般の適正性」となりますか。警察は行政主体,警察官は行政機関であり,その活動全般が適正・公正な手続を経て行われなければならないのは当たり前のことです。

まあ,役人は法で定められた手続きを守って行動せよという話です。

 

これまで何度も述べてきたとおり,警察庁は国の機関,警視庁をはじめとする各警察本部は都道府県の機関で,それぞれまったくの別組織です。警察庁長官警察法などの規定に基づき,都道府県警を指揮監督できますが,個別の事件についての捜査を直接指揮するようなことはありません。千早は本来,石塚/邦彦殺害事件の捜査に干渉できる立場ではありません。
にもかかわらず,千早は当該事件の捜査について,意味不明なプロファイリング資料をもとに犯人を名指しし,捜査本部の置かれた警察署に自ら押しかけて捜査本部長に口頭で命令を行って恣意的な内容の調書を作成させ,それに異議を唱えた参事官(新田さんね)を脅迫まがいの言動で黙らせるなどという,通常の手続を完全に無視した滅茶苦茶なことをしています。正当な権限に基づく業務執行ではなく,「キャリアの警視正」という権威を笠に着て,背後に存在するであろう大物の威を借り横暴に振舞っているだけとすら取れます。そして,そのような行為を正当化する口実すら「無理やり公安事件ということにして捜査を直接指揮する形をとるか,他の理由をこしらえるか,これからゆっくり考えましょう」という無法ぶりです。

荒木主任は,5年前すなわち前作における千早は「手順と先例を厳守することだけが取り柄だった」といいます。皮肉っぽくも聞こえますが,役人として大事なことがきちんとできていたということですから,その点については褒めているんです。
前作の千早は伊織やDMJにずいぶん酷い事をしましたが,そうとはいえ捜査幹部として彼女らを直接指揮する正当な権限を有していました。また,捜査方針を決定し,証拠の取捨選択を行うことが許される立場でした。何の問題もないとまでは言えないにせよ,最低限の建前は守っていたわけです。
それが今や,上述したような無法ぶりなのですから,荒木主任の立場からすれば「キチガイ」と言いたくもなるでしょう。その点を捉えて「デュー・プロセスの崩壊」と評価したわけですね。

ただ,いずれにせよこれは千早一人の「暴走」ではありません。背後には別の大物が黒幕として存在します。


第四 女子会
冬馬編13話のハイライトは,参加者それぞれの思惑が交錯したあの女子会でしょう。
伏線は冬馬編3話の冒頭から既に張ってありました。

1.春香
まず,春香ですが,彼女は本作における各種陰謀・策略の類にさほど深く関わっていません。
聖來からの謝罪を受けるために呼ばれただけです。もちろんXTORT絡みのあれやこれやについて亜美からひととおり聞いて知ってはいるものの,その情報を利用して裏から政局を操ってやろうみたいなことは考えていない。もっとも,春香は宏池会的リベラルですから,葉室みたいなのとは相性悪いでしょうけどね。
彼女は,前作で色々あって酷い目にも遭ったんですが,今は売れっ子の政治評論家としてそれなりに幸福な人生を送っています。「はるるんも現状に不満はないが、あの女(ゆかり)のやり口には思うところもあるってとこか」という,実に的確なコメントをした方がいらっしゃいましたね。

2.聖來
聖來は,反葉室派の急先鋒である宏池会会長・小宮六助に師事している関係で,葉室の総理就任を阻止すべく動いています。この点,あくまで「葉室を総理に就任させた上で現職のまま検挙」したいゆかりの思惑とズレているようにも見えますが,聖來としては「総理に就任させない」ことも「就任後すぐに失脚させる」ことも大して変わらないと考えていそうです。

もっとも,雪乃に高価なレンガをもらったりしたことで,彼女への配慮が必要になりました。具体的にいうと,手術の件と別の「葉室のスキャンダル」をゆかりに提供することが必要になってしまったということです。なぜならば,ゆかりは移植手術の件をネタに葉室を検挙しようと企てているところ,その手術には(正確な経緯は不明にせよ)雪乃も関わっているため,表沙汰になってしまうと雪乃が困ると考えられるからです。
そこで出てくるのが,葉室(の秘書)が「これからやる(冬馬編13話後編11:57亜美)」というインサイダー取引です。なんのこっちゃいなと思った視聴者さんが多いかと思いますが,ヒントはこれ↓

冬馬編6話12:54

亜美が葉室の秘書と話している場面ですね。
ここは亜美が「資料F」を葉室陣営に提供した場面でもあります。
「葉室銀を打倒して,日本をとりもろす!(冬馬編13話後編11:00亜美)」なんて言っておきながら,万が一反葉室の企てが失敗したときに備えて保険をかける意味で,葉室陣営にも利益供与を行っているようです。

3.亜美
その亜美ですが,彼女は源三郎とも繋がっていますし……,

冬馬編7話14:01

右翼団体を結成するにあたっては,聖の手を借り……,

加蓮編5話15:05

右翼なので村上会とも繋がっています。

加蓮編9話2:13

さらに,フレデリカを村上会に紹介したのはたえさんだといいます。つまり亜美はフィルブライトとも繋がりがあって,村上会とフィルブライトの関係を仲介しているようですね。

加蓮編9話2:04

そして,警視庁の三浦あずさ総務部長とも繋がっています。

加蓮編9話16:49

さらに,上述のとおり「葉室(の秘書)がこれから行う」というインサイダー取引の情報を聖來経由でゆかりに提供することにより,公安調査庁の動きをも操ろうとしています。
つまり亜美は,本作に登場するほぼすべての陣営と繋がりを持っています。
言い換えるなら,全登場人物中もっとも多くの情報を有しているといえます。

それらの情報と人脈を駆使して亜美は何がしたいのか。
今のところは,各陣営の動向を天秤にかけて勝ち馬に乗り,おいしいところを持っていこうという意図しか見えません(もちろんそれが真意という可能性もある)。
この点「ゆかりへの復讐が目的じゃないの?」と思った方もいらっしゃるでしょう。確かにそれもあるのですが,それはそれ。ゆかり一人を破滅させるためだけに,これだけ大袈裟な陰謀を企んでいるというわけではありません。

4.雪乃
雪乃の目的は大雑把に言って二つ。
一つはもちろん,相原製薬を守ること。実姉である美城専務に経営を乗っ取られてしまい,このままでは外資(ガイギーというスイスの製薬会社らしい)に身売りされてしまいます。

加蓮編7話後編3:09

この点,そもそも相原製薬は危機的な経営難に陥っているのですから,外資の傘下に入ることで業績が回復するなら別に構わないだろうとも思えます。

にもかかわらず雪乃が身売りに抵抗するのは,自分の持株比率が下がるとか,会社への影響力が失われるような事態を避けたいという身勝手な理由からなのでしょうか。
作中での言動からわかるように,雪乃はそういう人ではありません。彼女が外資への身売りに反対するのは,明治時代の創業以来相原製薬に代々受け継がれてきた伝統的な経営環境が失われ,社員が不幸になることへの懸念からです。
専務との会話の中で雪乃は,家訓・社訓を守ること,「社長も社員もみな家族」という家族主義的経営理念を維持することなどをしきりに訴えていました。非常に保守的かつセンチメンタルな姿勢です。
「会社は社員のため,そして薬を必要とする患者さんのためにあります(冬馬編3話1:03雪乃)」「目先の利益よりも人間を尊重するのが相原の社訓であり,家訓です。社員を不幸にするような会社に,それこそ未来なんてありえません(加蓮編7話後編4:44雪乃)」という言葉にもおそらく偽りはなく,経営者として高潔な態度であることには間違いありません。
聖が本屋で買ってきた製薬業界のゴシップ本には,雪乃のことがボロクソに書かれているみたいですが,その点につき加蓮が遺伝研の松井理事長に問い質すと「会長のせいではない。会長はそういう人ではない」という怒気を孕んだ答えが返ってきました(加蓮編6話24:56)。
経営トップが社員全員に崇拝されていたりすればそれは逆に薄気味悪いですから,もちろん反発もなくはないのでしょうが,同業他社に比べて「社員の給料がものすごく高い(加蓮編6話4:27)」ということもあり,社内での雪乃の評判は総じて悪くないと思われます。
雪乃は経営者としてやや甘いところはあったんでしょうが,かといってものすごく無能というわけでも,無責任でもありません。若くして社長となり,色々と不運も重なって(加蓮編6話25:08)会社の経営不振を招いてしまいましたが,その後銀行とも協議を重ね,現実的な再建プランを立案(加蓮編7話後編3:41)した上で全責任を負う形で経営から身を引き,専務に再建を委ねたわけです。その判断と行動は妥当といえるでしょう。無邪気に専務を信じたことが愚かだったとは言えなくもありませんが,実の姉ですからね……。あれほど敵意剥き出しの裏切りに遭うとは夢にも思っていなかったんでしょう。まあ,仕方ありません。
誰に対しても辛口評価で,母である里美についてすら辛辣なことしか言わない真が,雪乃に対してだけは全幅の信頼と愛情を寄せているという点もまた重要ですね。

とすると,ふじとも先生のこの評価も,白々しい美辞麗句というわけでなく,ある程度的を射ているんだろうなと。

冬馬編13話後編5:25


雪乃のもう一つの目的は,「遺伝研でやってる何か」を成功させること,あるいはそれに関する秘密が外に漏れるのを阻止することでしょう。
その「何か」とはたぶん,フレデリカが遺伝研の地下で見たものなんでしょうが……,

加蓮編7話後編5:44

加蓮編8話28:50

加蓮編10話26:47

遺伝研の地下にはおそらくすべての秘密が隠されています。例の包帯ぐるぐる巻きや,日付変更時に出てくる謎の女に関することも。
それは榊原素子を犠牲にして行われた臓器移植手術とも深い関連があるのでしょう。須藤先生の供述どおり,雪乃が里美と一緒になって仁科をそそのかし,手術を強行させたのかどうかはわかりません。しかし,雪乃がXTORTに深く関わっていること自体は間違いなさそうです。高潔な人格者として振舞う姿の裏側に,もう一つの邪悪な顔を持っているということでしょうか。

5.ふじとも
怪しげなふじとも先生ですが,彼女についてはなぜ「朋姫様」と呼ばれているのかということも含めて,作中で今後さらに掘り下げていく予定です。なんにせよ彼女は詐欺師やカルト指導者の類ではありませんよ。「モデルは尾上縫か?」という指摘もありましたが,断じてそういうのではない(笑)。コメントにもありましたように,占い師というよりは,占いに仮託して経営者や政治家にコンサルティングを行っている人物と見た方がいいです。

ところで,ふじとも先生にせよ亜美にせよ,雪乃を利用して一方的に食いものにしようとしているわけではありません。ふじとも先生は,わりと純粋な人助けとしてやってる面が大きいです。亜美もまた自分一人だけ得をしようというタイプではなく,みんなで得してウインウインになろうというスタンスの人です。そうじゃなかったらただの小悪党で,フィクサーなんか務まりませんから。


第五 由愛と右翼
1.由愛と小宮
小宮六助は最近の回では登場しておらずご無沙汰ですが,宏池会の会長です。もっとも,作中における宏池会はあくまで「宮澤派」であり「小宮派」ではありません。宮澤喜一氏が総理を務めている間,小宮が派閥を預かっているということですね。小宮は87歳で,当選14回。旧内務省出身。あの原健三郎氏より2歳年上,櫻内義雄氏より7歳年上で,福田赳夫元総理と同齢。まさに自民党最長老の一人でしょう。ニュースでは「元通産大臣」と呼ばれていましたから,おそらく衆議院議長にはなってないんですね。もちろん総理経験者でもありませんが,いずれにせよ大物議員であることは確かなようです。
彼はかなり強硬な対米従属派であったらしく,かな子によるとアメリカに逆らう奴は皆殺しみたいなスタンスの政治家」で,安保反対運動や在日米軍基地反対運動に対し「発砲しろ」とか「自衛隊の戦車で踏みつぶせ」などという暴言を吐いたことがあるといいます(冬馬編8話15:02)。
そのような過激な対米従属的姿勢に憎悪を募らせた由愛は,小宮の殺害を企てます。しかし,発砲はしたものの当たらなかったのか,当たったけれども急所を外れたのか,殺害は失敗に終わります。そして殺人未遂の罪に問われ数年間服役。出所後は本編をご覧のとおりデータ屋を生業としており,右翼運動からは遠ざかったといいます。からくも暗殺を免れた小宮が今もなお強硬な対米従属主義者であるのかは不明です。今後明らかになります。

2.テロでしか世界は変えられない
さて由愛ですが,今回はやたらに殺意旺盛ですね。源三郎は冬馬の両親の仇であり,外国のスパイに身を落とした国賊だ。したがって冬馬の手で討ち取られても当然であると。
さらに,榊原素子を犠牲にして生き延びた卑劣漢である葉室は総理に相応しくない。だから殺して就任を阻止しろと,直球でテロを推奨しているわけですが,『それをテロと呼ぶなら,テロにしか「正しさ」はない』とさえ言い放っています。

冬馬編13話後編15:53

もっとも,由愛自ら葉室を殺すつもりはないようです。

冬馬編13話後編16:48

怖気づいたとかではなく「国賊討伐という尊い行為は,汚れた手で行われるべきではない」という信念からなんでしょう。それじゃ誰も後に続かないというんですね。
由愛はおそらく,討伐者は事を為した後,自らも命を絶つということを前提に話をしています。国の為に身命を賭し,救国の捨て石たらんとする崇高な精神を受け継ぐ者がいなければ,それこそ単なるテロに終わってしまう。それではダメなのだと。
公安警察の見解として(※2)民族派の運動は「三島事件を契機に急速に高揚した」といいます。この世には「生命以上の価値」があるのだということを,三島由紀夫は文字どおり身命を賭して示しました。その死が多くの人々の魂を揺さぶったという証です。
また,野村秋介朝日新聞東京本社社長室において自決したのは本作の翌年,平成5年10月20日のことです。
現代に主流を占める右翼とは大きく異なる潮流が確かに存在したのです。
※2)警備研究会『わかりやすい極左・右翼・日本共産党用語集』(立花書房)

3.時代
ところで,葉室を殺すべきだと由愛が主張する上述のシーンで「まるで現総理を蹴落としたくて何でもする左翼みたいだなあ」というコメントがありました。
安倍首相の殺害を企てる左翼なんて聞いたこともありませんし,そもそもなぜこの場面への批判に左翼を持ち出すのかなどのツッコミどころはありますが,由愛が「左翼みたい」という指摘それ自体には一理あります。

なんとなれば由愛は反米で,反基地です。以前に解説回でしまむらさんが説明したとおり,それは「YP体制打倒」という新右翼民族派)のイデオロギーから生じる主張なのですが,平成29年現在「YP体制」は完全に死語になっています(もしかしたら作中当時でも死語に近かったかもしれません)。そして沖縄の基地問題は(実際にはそう単純ではないものの)反対派左翼VS反・反対派右翼の構図で把握されることがほとんどでしょう。
由愛が「思想的にまったくブレることなく」平成29年現在まで生き延びたとすれば,当然反基地でしょうし,おそらくは反原発であり反ヘイト・スピーチになっていると思います。これは現代の(とりわけネット界隈での)感覚からすると,左翼とみなされるでしょう。換言するなら,現代右翼のメインストリーム,すなわち産経系メディアや日本会議統一教会幸福の科学などのイデオロギーとは一線を画しているということです。
いずれにせよ本作は,平成4年(1992年)が舞台ですから,右翼陣営が現代ほど画一的ではありません。由愛は右翼で十分通用します(ていうか,左翼と呼ばれることなんてありえないでしょう)。
もっとも,ここはネット上。なかんずくニコニコ動画ですから「時代がどうとか知るか。左翼は左翼だ!そんなんじゃなく真の保守,真の愛国者を登場させろ!」というご意見をお持ちの視聴者さんが大勢いらっしゃるでしょう。
しかし,それは既に登場してます。もちろん聖と巴です。のみならず今後さらに何人か増えます。聖や巴のイデオロギーは,上に述べた現代右翼のメインストリームへと一直線に繋がっています。彼女らが現代まで生き延びていたら,ツイッターで安倍政権への絶賛と,韓国・中国・在日コリアン・維新以外の野党・朝日新聞等々への罵詈雑言を朝から晩までつぶやき続ける立派な愛国戦士になっている筈です(年齢的に現役を退いていて暇でしょうから)。

4.学生運動
「由愛は学生運動出身か?」というコメントがありましたが,そのへんはプロット的にも未定です。また「盾の会出身者か?」ということですが,由愛はまだ30代です。かりに昭和31年生まれの35歳だとすると,三島事件の当時は中学生ですね。というわけで世代が違います。さらに「三無事件関係者か?」って,それはもっとありえないですね。

いまのところ作中で学生運動出身と明言されているのは,巴です。
加蓮が言っていたとおり,巴は元・反憲学連です。

加蓮編10話21:39

反憲学連というのは反憲法学生委員会全国連合といい,警察用語にいう民族派学生団体」の一つです。民族派であるなら由愛と同じじゃないかということになりそうですが,民族派にも色々あって,立花書房の本(※3)によると反憲学連は「日本青年協議会(青協),生長の家学生会全国総連合(生学連)と表裏一体にあ」ったとされます。青協や生学連は,谷口雅春イズムの影響を強く受けた団体です。谷口雅春とは,新宗教生長の家創始者です。

つまるところ巴は民族派のうちかなり宗教色の強いタイプです。

一方の由愛は,これと別系統の民族派右翼です。

(このあたり,作中でいずれ詳しく触れられるはずです)。

 

ところで,反憲学連は昭和の終わり頃には既に活動を停止していましたが,その上位団体・OB団体である青協はその後も活発な運動を続け『反共教化団体の横断的組織である「日本を守る会」に参加し,反共教化団体と共に……草の根運動を続け……成功させた』(※4)とされます。「日本を守る会」とは日本会議の前身です。そのような流れで現在,青協は日本会議の中核・中枢を占めているといわれています。
※3)警備研究会『わかりやすい極左・右翼・日本共産党用語集』(立花書房)
※4)警備実務研究会『右翼運動の思想と行動』(立花書房)



第六 カレーと冬馬
最後にカレーの話。

冬馬編13話前編21:50

本編のストーリーに直接関係するわけではないんですが,冬馬がカレーを作る話はいつかやらなきゃダメだと思っていたので,今回それができてよかったです。ややマニアックな内容ではありますけどね。私がああいう現地風のメニューが好きで,よく食べに行くんですよ。さすがに自分じゃ作れません。材料を揃えるだけでも大変ですからね。
作中で冬馬が述べているように,インドに「カレー」という料理はないそうです。しかしインド人が日本でインド料理店を開くにあたっては,「インドカレー」を看板にしないとお客さんが集まらないため,やむなく彼ら自身にとっては馴染みのない「カレー」という名前を使わざるを得ないのだといいます。
また,インド料理店を標榜していても,オーナーや従業員はネパール人やパキスタン人やスリランカ人で,料理もそれぞれの国のものを作って出しているというケースもあります。「インド」を名乗らないとどのような料理が出てくるのかイメージしてもらえず,お客さんが来ないため,やむなくそうするのだと聞きました。

冬馬の料理を食べたかな子と真がしきりに塩辛い,油っこいと文句を言っていましたが,実際日本人が現地風のインド料理を口にすると,そのような感想を抱くことが多いです。
現地風料理を出すガチなお店に友人や知人を連れて行って「おいしい」と喜ばれることは滅多にない(笑)。まあ,5人に1人くらいじゃないかな。女子はまずダメ。男の人の方が気に入ることが多いです。
およそカレー屋というのは,女性客を掴まなければ成功がおぼつかないらしく,結局「かな子が気に入るようなカレー」を作って出さざるを得ないということになります。

ちなみに,作中ではタンドール・ロティも出てきました。

冬馬編13話前編19:30

それで「自宅にタンドールがあるのかよ」というコメントをしてた方いらっしゃいましたけど,あるわけないです(笑)。冬馬が言っているように,あれは出来合いの物を買ってきただけです。冷凍のナンやロティを売ってるお店があるんですよ。1か月くらいは日持ちするんです。家庭料理としては「タワ」というフライパンを使ってチャパティを焼くのが普通なんですけどね。


第七 おわりに
という感じで,今回はこのくらいです。
年末年始は京都で過ごします。PCは持っていきませんので,その間,動画を作ったりは出来ません(笑)。
いぶますは来年いっぱいで完結できればいいなと思ってるんですけどね。
だけどここから先はたぶん大変。回収しなきゃならない伏線もいっぱいあるし,死にゆく人にはそれなりの見せ場を作んなきゃならないですしね。
新アイドルは最低あと一人はでてきます。
たぶんまだまだ先。物語の最終盤です。大物です(きらりじゃないよ)。

ではではー。


以上