ほのサスを読む

ニコニコ動画に投稿している「バニラマリンほのぼのサスペンスシリーズ」の解説などをします。

オホマスを読む 第二回

第一 序

『オホマスを読む』第二回です。

以前にも申し上げましたとおり、オホマス本編は第50話での完結を予定しています。
このへんでもう一度くらい解説回を挟んでおこうかとも考えたんですが、終盤間際でグダグダするのもどうかと思いまして、一直線でのゴールを目指す運びとなりました。うまくすれば年内に片が付くでしょう。

前回同様、最新話(46話)までのネタバレがいっぱいです。気を付けてご覧下さい。



 

 

 

 

 

 

 

第二 警視正セーラ

1.厚生省のほうから参りました

さて、今回も本編の解説をしていきたいと思います。テーマは水木聖來さん。

 

保安部長 水木聖來(42)

42話からの、わりと唐突な登場だったので、存在意義がよくわからんという方も大勢いらっしゃるでしょう。また、最新話(46話)での言動も意味不明、単なる腹いせじゃないかというコメントも散見されました。

本編でも説明されているように、聖來は厚生官僚で、厚生省から警察庁へ、さらに警察庁から道警へと二重の出向状態にあります。

 

他省庁のキャリアが警察庁に出向し、地方警察本部の本部長や警務部長を務めるケースは現実に結構あり,出向元としては財務省か外務省が多いようです。厚労省はあまり聞きませんし,本部長や警務部長以外の部長に充てるという話も聞いたことありません。

 

そもそも「保安部」自体が架空の部署で、作中当時現実に存在した防犯部と併存しているのか、併存しているとすれば、業務をどのように割り振っているのかというところまでは考えていなかったりします。

 

もっとも,本作の「保安部」は薬物事犯を扱っており,また厚生省には麻薬取締部があります。そうなると厚生官僚が出向してくるということも,まったくありえなくはないのかなと思って,このようなキャラクター設計となりました。

 

2.組織の中の異物

聖來について「あずさの別種じゃないか?」というコメントをした方がいらっしゃいました。それがどういう意味なのかちょっと私にはわからなかったんですけど、聖來とタイプの似たキャラを本編から探すとすれば、桃華じゃないですかね。警察本部の最高幹部でありながら、どちらも異物感があります。

 

最新話のコメントで「警察業界は……上層部の官僚たちは足の引っ張り合いが日常で、下の警官が常にその迷惑をこうむ(っている)」というのがありました。

そうした映画やドラマによく出てきそうなステレオタイプな悪玉的官僚は、現実の官僚機構の中ではあまり見出せないのですが、本作においては,桃華がそれに近いのかも。「足の引っ張り合い」は別にしませんけど,「下の警官」に迷惑がられているのは間違いないので。

もっとも、桃華は自らの言動が原因で現場に煙たがられているという意識は微塵もなくて、むしろ現場の人々も自分の考えに共感してくれているであろうと思っているふしさえあります(井持署長も似たようなこと考えていましたが、早苗にバッサリと切り捨てられてましたね)。

28話より

 

話を聖來に戻しますが,彼女が一番怒っているのは道警保安部の覚醒剤密輸事件についてです。上述のとおり,薬物事犯は厚生省の所管事項でもあります。道警がそういう悪行を働いていたことが(内部的に)明らかになったにもかかわらず、あずさをはじめ、道警の幹部たちはそれを隠蔽しようとしている。これは警察と同様に薬物事犯を取締る官庁に籍を置く聖來にとって許し難いわけです。

もっとも、許し難いといっても、聖來としては別に見て見ぬふりをしてもいいのですが、あえてそうせずに厳しい調査を行わせ、未央に対しても強圧的な事情聴取を行ったのは、聖來自身の,曲がったことを嫌う直情的な性格が原因です。
ゆえに桃華と似ているのですが、聖來の場合、桃華ほど周りが見えていなくないというのはあります。つまり周りに迷惑がられていることは重々承知しています。だけど、そんなことは聖來にとってどうでもいい。だって、余所者ですからね。「迷惑?自業自得でしょ?」という意識です。

本編でしばしばなされるコメントに「オホマスの警察幹部は市民感覚・市民目線に欠けすぎ」というのがありますが、聖來はその市民感覚・市民目線に近いものを持っているといえるでしょう。組織外の人間であるからこそ、組織固有の利益に無関心で、組織の腐敗には嫌悪感しかない。

一般人が警察のみならず行政機構全般に向けがちな、冷酷な視線ですね。


あずさにとってみれば、聖來みたいな人は危なっかしくてしょうがありません。通常時であれば別にほっとけばいいんですが、本編における特殊な状況下において、聖來はまさに危険な異分子、モンスターです。だから会議からパージした。45話終盤の会議は、覚醒剤密輸事件の後始末が議題でしたから、そこにいられちゃ困るんです。

(それが違法であるとか、もっと他にやり方があるだろうというコメントも頂きました。違法とは考えにくいですが、ここまでダイレクトな手法に訴える必要はなかったかもしれません。しかし、尺との関係であえて目をつむり、描写を単純にしました)

別に、個人的にそりが合わないとか、いじめ目的で追い払ったわけではありません。

もちろん、聖來もあずさの意図はきちんと理解しています。学歴を馬鹿にされたから仕返しをしてやろうみたいな稚拙な理由ではなく、道警の悪行を暴き立てたいという動機で、最新話における行動に至ったというわけですね。


3.地検へGO!!

聖來がなぜ検察へ走ったかということですが、検察が密輸事件の存在を知り、形式的とはいえ捜査に着手していたということを聖來も知っていたからです。何せ戸塚が自殺した現場に藍子が居合わせていましたから。

これも尺との関係で端折っていますが、最新話の聖來VSゆかりのシーンは、「捜査してるのよね?」「ええまあ」「じゃあ私の立場で入手できる証拠も提供するから頑張って!」「いえ、でも(政治的な事情で)無理そうなんですよね……」「なんですってどういうことよ!」的なやり取りに引続くものだったと考えられます。
「あずさに仕返しするのが目的なら、あずさの敵を探すべき」というコメントもありましたが、聖來の目的はあずさへの仕返しではなく、密輸事件を公にし、その犯人を検挙することです。検察に接触することは間違っていません。学生時代の人脈を糸口にすることも、官僚としてごく普通の発想です。怒りのあまり我を忘れて無意味な奔走をしているのではなく、合理的手法で戦っています。

しかし真正面から追及を促しても、反応が悪い。そこで、ゆかりの功名心を刺激してみた。このへんはまあ、リアリティに欠けると言えば欠けるんですが、フィクションではありがちな展開なのでまあいいかなと。伏線も随分前から張っていましたしね。

 

34話より

 

つまりこれです。釧路地検のお膝元で仕事をしているとはいえ、末端の捜査員に過ぎない楓にすら、上昇志向の強さを知られているくらいの人ですから……。


第三 直接証拠と情況(状況)証拠

ところで、やや話は逸れますが聖來の台詞にあった「情況証拠」について。

ほとんどの人が誤解していそうな話なので,簡単に解説します。

なお「情況証拠」とも「状況証拠」とも書きますけど,「状況証拠」の方が通りがよいので,以降こちらを用います。

 

古くは和歌山カレー事件、最近だと首都圏連続不審死事件に関する報道で,

 「状況証拠しかないものを有罪にできるのか?」

……と,いうことがよく言われていました。

 

もちろんできるんですけども,

 「直接証拠となる物証もなしに有罪判決を出すのは危険じゃないか」とか,

 「状況証拠だけでは決め手に欠ける,端的に捜査不足だ」

……などと考える方がほとんどのような気がします。

 

図表 直接証拠と状況証拠

 

言葉の定義として「直接証拠」というのは、「主要事実を直接に証明する証拠」です。

そして「主要事実」というのは「訴訟において証明されるべき窮極の事実」。

殺人事件においては犯罪事実がそれにあたります。

たとえば「XがVを刺殺した」という事実です。

 

これに対し「間接事実を証明する証拠」間接証拠といいます。

間接事実とは「主要事実を推認させる一定の事実」をいいます。

つまり「XがVを刺殺した」という事実を推認させる事実です。

 

細部に踏み込むとキリがないので端的に説明しますと……,

「XがVを刺殺した」事実を証明する直接証拠に当たるのは,たとえば,

 「Xの自白」

 「XがVを刺殺するのを見たという目撃証言」

などです。

 

他方,

 「XとVが二人で犯行現場のホテルに入った」

 「柄にXの指紋が,刃にVの血液が付着した包丁がAの死体の傍に落ちていた」

 「Vの膣内からXの精液が検出された」

 「Xが血まみれの姿で犯行現場から逃げ去った」

などの事実が間接事実であり,それらを証明する,防犯カメラの映像,凶器の現物,鑑識官の証言,逃げ去るXを目撃した者の証言などが間接証拠となります。

これらの間接事実は「XがVを刺殺した」という事実を推認させます

そして,状況証拠」とは,間接事実を指すマスコミ用語です。

 

さて,ここで考えてみましょう。

 

殺人事件において,犯行の一部始終を目撃した人が現れるなんて,結構稀ですよね。

目撃者がおらず,犯人の自白も取れなければ,直接証拠は存在しないことになりますが,上に挙げたような間接事実(状況証拠)が揃っていたらどうでしょう?

Xが犯人としか思えなくないですか?

しかしXが頑として自白せず,目撃者も見つからなければ,直接証拠はないということになります。

だから有罪にできない?

それって結構キツくないですか?

 

つまり,直接証拠か状況証拠かというのは,それが強い証拠か,弱い証拠かというような話ではなく,どちらか一方しかないなら有罪にできないなんてことはありません。

「直接証拠がなければ有罪にできない」を「自白がなければ有罪にできない」と言い換えたら,結構ギョッとなるでしょ?

直接証拠の過大評価は,自白偏重主義に通じかねません。

 

また「直接証拠=物証」ではありません。

自白も,目撃証言も,いずれも「物証」ではありませんよね?

では,物証が直接証拠になることはないのかというと,これは「ない」,すなわち直接証拠はすべて供述証拠(証言)という説もありますが,一般的には,たとえば犯行の一部始終が録画された防犯カメラの映像は直接証拠たりうると考えられています。

 

以上を踏まえて,本編の考察に戻りますと……,

 

46話22:30

 

聖來の「情況証拠(状況証拠)で良ければ、まだいくらでも提供してあげる」という台詞に対し、状況証拠しか持って来れないのに検察を動かそうとするなんて無理だろう的なコメントがありました。

状況証拠でダメなら,直接証拠。

「春香や亜美が本部長を失脚させ,道警を支配下に置くために密輸事件を利用したこと」を証明する「直接証拠」とは?

春香や亜美の自白ですね。

そんなもん取れるわけないし,それがなきゃ捜査ができないなんて言い出したら,警察も検察もお前らなんなんだよってことになってしまいます。

というわけで、聖來は別におかしなことを言ってるわけではないんです。


代々木さんの身の上話は、ゆかりが美希にさんざん調べろと言っていたことで、聖來はそれを持ってきたんです。ゆかりの闘争本能を刺激する重大な要因にはなった筈です。

第四 結び

さて、今回はここまでですね。
色々と書きたいテーマはあるのですが、書きたいテーマと書くべきテーマはまた別と思いますので、そのあたりはよく考えます。

・伊織は“有能”なのか
・“事件前”の千早、“事件後”の千早
・“正義の刑事”とは誰
フェミニズムとオホマス

パッと思い浮かぶのはこんなところ……。
とはいえ、次回もまた、47話アップ後の本編解説になりそうですが。